古事記におけるウケヒ神話について

 古事記のアマテラス(天照大御神)とスサノヲ(須佐之男命)のウケヒ話について、それは本当にウケヒに当たるのか、研究者の間でも疑問とされてきた。本稿では、古事記ならびに対照テキストとして主に日本書紀第六段本文によりながら、この説話がウケヒというものの本質を批判的に抉るものであることを明らかにする(注1)。
 まず、ウケヒとは何かについて定まらなければ議論は始まらないのであるが、記紀に記されている諸相に例外的なものが含まれており、必ずしも一義的にはまとめられていない。その例外のひとつがここでとり上げる記のアマテラスとスサノヲのウケヒである。ウケヒの定式については、一般的に次の解説をもって理解されている。「ウケフはあらかじめAB二つの事態を予測し、現実にAが起れば神意はA´にあり、Bが起れば神意はB´にあると、前以て定めておき、実際に起ってくる事態を見て、神意の所在を判断すること。つまり、A女が生れれば、A´濁き心ありとする。B男が生れれば、B´清き心ありとするときめておいて、実際に生んでみて、その結果によって神意をうかがう。この所、記には「宇気比而生レ子」とだけあって、細かく条件が示してない。しかし、ウケヒということの意味は前記の通りで、その点では記紀に相違は無い。ウケヒを単にチカフ意と解するのは誤り。」(大系本日本書紀347頁)とある。この理解は、折口1996.が、「うけ・ふ【誓ふ】(補)ちかふ(ア)。祈る。願ふ(イ)。諾ウくの再活か。(A)事の善悪・成否・吉凶を占ふ時に、神を判者に立てゝ、現在判断に迷うてゐる事が、+プラスならばかく、-マイナスならばかく兆シルシを表し示し給へと予約すること。(B)其から一転して、さういふ約束を立てゝ祈ること。又、(C)若し欲する通りの結果を生ぜしめて下されたら、かく/\の事をすると誓約することにも使ふ。但し此は正しくはちかふ・・・で、うけふ・・・の本義は、(A)である。」(75頁)とする語義の説明を継承している。
 同様の解説として、角川古語大辞典に、「うけふ」は、「受(うく)の再活用かという。①神前で口に出して事の実現を祈る。事の吉凶是非をあらかじめ知るために神意を問う。ある事が実現するならば、その兆しとして、ある現象が起ると神前で宣言して、その予兆が現れるか否かによって神意を知るような行為をいう。」(377頁)とある。また、「神の意志として示された兆候から、ことの成否・吉凶・真偽・善悪・正邪などを判断する古代の卜占の一種。」(日本神話事典61頁)と簡潔に述べるものもある。これらの解説には「神」が登場している。
 一方、土橋1988.は、「……ウケヒは過去・現在・未来の知ることのできない「真実」(「神意」ではない)を知るための卜占の方法として、また誓約(約束すること)を「真実」なものにするための方法として、実修される言語呪術であり、「もしAならば、A´ならむ」という形式は、「こう言えば、こうなる」という言霊信仰に基づく呪文の形式にほかならない。従来ウケヒを「真実」でなく、神意を知るための方法と解してきたのは、第一に呪術としての卜占の結果を神意の現われとする偏った宗教観念に災されたためであり、第二に「祈」「禱」などの漢字表記に惑わされたためである。」(55~56頁)と神意説を否定している(注2)。
 ウケヒを「「こう言えば、こうなる」という言霊信仰に基づく呪文の形式」(注3)と捉えるのは誤りである。古代にあっては、言葉はその使用において、言葉と事柄とが一致するように志向されていた。文字を持たない時代、言葉は発せられた音声にのみ依っており、誤謬が生じると他のどこからも正されることがない。事柄と完全一致する言葉でないと言葉として自立しないのである。だから、条件文として言葉を提示したなら、事柄もそれに当て嵌まるようになるだろうという考え方が生まれる。ウケヒの論理の立脚点はそこにあり、言葉を前言すること、言こと立だてることが要の行為である。ウケヒは禊ぎなど潔斎して執り行われる特別な儀礼ではなく、日常的な言語活動の一環として行われている。少し面倒くさく回りくどい言い回しをしながら、将来のことに関して探りを入れるのである。神意をうかがう、言語を用いた呪術、という言い方は不適切である。
 記紀におけるウケヒの諸例としては次のようなものがあげられる。木花開耶姫このはなのさくやびめが出産する際に、火中に自分の子が生れても害されずにいたからそれは天孫の子であると証明されるとすること(神代紀第九段本文)、椎しひ根津ねつ彦ひこが、国を平定できるかどうかは路が通るかどうかで質すこと(神武前紀戊午年九月)、神武天皇が、水無しに飴たがねが造れたら戦わずして天下を平定できるとすることや、厳いつ瓮へを川に沈めて魚が酔って流れたら天下を平定できるとすること(神武前紀戊午年九月)、曙立王あけたつのみこが、出雲大神を拝みに行くことに効験があるかないかは目の前の池の鷺の落ちるか活きるかを自在に操れることで確かめること(垂仁記)、麛坂王かごさかのみこ・忍熊王おしくまのみこが、謀反に成功かどうかは、狩りで良い獣を得ることができるかどうかで判断すること(神功紀元年二月)などである。
 古事記のアマテラスとスサノヲのウケヒは、上にあげたウケヒの定式に合致しないから疑問とされている。
 青木2015.は、この箇所のウケヒは、第一に、前言して条件を示しているわけではないこと、第二に、子の帰属がアマテラスの発言で決まっており、「物実ものざね」優先の論理によること、第三に、スサノヲによる自分勝手な「勝ちさび」の解釈があること、の三点にまとめられるとする(236~237頁)(注4)。そして、これら三点はそれぞれ相互にかかわりをもっていて、結局のところ、「記はウケヒの前提条件を除きつつ、それをスサノヲの「勝ちさび」として位置づけた」(240頁)ことで文章が成り立っていると結論づけている。新編全集本古事記では、「「うけひ」のかたちで子を生むことが眼目であって「うけひ」はいわば話の装置である。」(58頁)と本末を転倒させ、「須佐之男命の力を受けるこの神[天あめ之の忍穂耳おしほみみの命みこと(注5)]がもたらされ、天照大御神の子とされることが話の眼目である。」(59頁)ととっている。それを承けて松田2015.は、天孫降臨で降りるべき神を意義づけて、アマテラスのもとに秩序化する原理を物語っているとしている。
 分析的な解釈をすすめてどこかに合理を見出そうとするとそういう結論に至る。しかし、説話を創る側から考えれば、どうしてそれをウケヒのパターンに落とし込んだのかという点こそが問題になる。中心となる課題は、結果をいかに判定するかという「物実」や「勝ちさび」によるこじつけではなく、最初にしておくべき肝心な前言宣誓がないところである(注6)。前言がなければ何とでも解し得る。ここではアマテラスがそれぞれの生んだ子の性別を「物実」の出所に従って判定しており、スサノヲは女子が自分の子であることをもって自らの主張、「心の清く明あかき」ことが証明されたとして勝った勝ったと言い張っている。
 古事記のこの話は、ルールを決めないままに始めたゲームの一部始終であり、翻って考えれば、ルールなどお構いなしの問答無用をこそ述べたいがために顛末が語られているものである。予めルールを定めておいたら、客観的な事の正否はともかく、そのゲームのなかにおいては正当な判定が下る。そうならないように予め定めるべき前言を示さず、つまり、スサノヲはウケヒの型に嵌らないように注意しながらも、あたかもウケヒをしているように見せかけて、アマテラスを騙す詐欺行為に及んでいるのである。フェイクニュースを真面目に解析しても見誤るだけである。

 爾しかくして天照大御神あまてらすおほみかみの詔のりたまはく、「然しからば、汝なが心の清く明あかきは、何いかにして知らむ」とのりたまふ。是に、速はや須佐之すさの男をの命みことの答へて白まをさく、「各おのもおのもうけひて子を生うまむ」とまをす。故、爾くして各おのもおのも天安河あめのやすのかはを中に置きて、うけふ時、天照大御神、先まづ建速たけはや須佐之すさの男をの命みことの佩はける十拳剣とつかのつるぎを乞こひ度わたして、三み段きだに打ち折りて、ぬなとももゆらに天あめの真名井まなゐに振り滌すすぎて、さがみにかみて、吹き棄うつる気吹いふきの狭さ霧ぎりに成れる神の御名みなは、多紀理毘たきりび売めの命みこと。……次に市いち寸き島比売命しまひめのみこと。……次に多岐都たきつ比売命ひめのみこと〈三柱みはしら〉。速須佐之男命、天照大御神の左の御みみづらに纏まける八尺勾璁やさかのまがたまの五百津いほつのみすまるの珠を乞ひ度して、ぬなとももゆらに、天の真名井に振り滌ぎて、さがみにかみて、吹き棄つる気吹の狭霧に成れる神の御名は、正勝まさかつ吾あ勝勝速かつかちはや日ひ天あめ之の忍おし穂耳ほみみの命みこと。亦、右の御みづらに纏ける珠を乞ひ度して、さがみにかみて、吹き棄つる気吹の狭霧に成れる神の御名は、天あめ之菩卑のほひ能命のみこと。亦、御手みてに纏ける珠を乞ひ度して、さがみにかみて、吹き棄つる気吹の狭霧に成れる神の御名は、天あま津日つひ子根命こねのみこと。又、左の御手に纏ける珠を乞ひ度して、さがみにかみて、吹き棄つる気吹の狭霧に成れる神の御名は、活いく津日つひ子根命こねのみこと。亦、右の御手に纏ける珠を乞ひ度して、さがみにかみて、吹き棄つる気吹の狭霧に成れる神の御名は、熊くま野久のく須毘命すびのみこと。幷あはせて五柱いつはしら。
 是に天照大御神、速須佐之男命に告のらさく、「是の、後に生める五柱の男をの子こは、物実ものざね我あが物に因りて成れるが故ゆゑに、自おのづから吾あが子ぞ。先づ生める三柱の女子は、物実汝が物に因りて成れるが故に、乃ち汝なが子ぞ」と、如此詔り別く。……
 爾くして、速須佐之男命、天照大御神に白まをさく、「我が心清く明きが故に、我が生める子は手た弱わや女めを得つ。此に因りて言はば、自ら我勝ちぬ」と云ひて、勝かちさびに、天照大御神の営田つくりたのあを離はなち、其の溝みぞを埋うみ、亦、其の、大嘗おほにへを聞きこし看めす殿とのに屎くそまり散ちらしき。 …… (記上)
 時に天照大神あまてらすおほみかみ、復また問ひて曰のたまはく、「若もし然しからば、将まさに何を以てか爾いましが赤きよき心を明あかさむ」とのたまふ。対こたへて曰はく、「請こふ、姉なねのみことと共に誓うけはむ。夫それ誓約うけひの中みなかに、〈誓約之中、此には宇気譬能美儺箇うけひのみなかと云ふ。〉必ず当まさに子みこを生むべし。如もし吾やつかれが所生うめらむ、是女たをやめならば、濁きたなき心有りと以為おもほせ。若し是男ますらをならば、清き心有りと以為おもほせ」とのたまふ。是に、天照大神、乃ち素戔嗚尊すさのをのみことの十握剣とつかのつるぎを索こひ取りて、打ち折りて三み段きだに為なして、天真あまのま名井なゐに濯ふりすすぎて、𪗾然さがみに咀嚼かみて、〈𪗾然咀嚼、此には佐我彌爾加武さがみにかむと云ふ。〉吹き棄うつる気噴いふきの狭さ霧ぎり〈吹棄気噴之狭霧、此には浮枳于都屢伊浮岐能佐擬理ふきうつるいふきのさぎりと云ふ。〉に生まるる神を、号なづけて田た心姫こりひめと曰まをす。次に湍たぎ津つ姫ひめ、次に市いつ杵き嶋姫しまひめ。凡すべて三みはしらの女ひめかみます。
 既にして素戔嗚尊、天照大神の髻鬘みいなだき及び腕たぶさに纏まかせる、八や坂さか瓊にの五百箇いほつの御統みすまるを乞ひ取りて、天真名井に濯ぎて、𪗾然に咀嚼みて、吹き棄つる気噴の狭霧に生まるる神を、号けまつりて正まさ哉吾かあ勝勝速日天忍穂耳かつかちはやひあまのおしほみみの尊みことと曰す。次に天穂日あまのほひの命みこと。……次に天あま津つ彦根ひこねの命みこと。……次に活いく津つ彦根ひこねの命みこと。次に熊野くまのの櫲樟くす日びの命みこと。凡て五いつはしらの男ひこがみなり。是の時に、天照大神、勅みことのりして曰はく、「其の物根ものざねを原たづぬれば、八や坂さか瓊にの五百箇いほつの御統みすまるは是吾あが物なり。故、彼その五の男神は、悉ふつくに是吾が児こなり」とのたまひて、乃ち取りて子養ひだしたまふ。又勅して曰はく、「其の十握とつかの剣つるぎは、是素戔嗚尊の物なり。故、此の三の女神は、悉に是れ爾いましが児なり」とのたまひて、便ち素戔嗚尊に授けたまふ。……(神代紀第六段本文)

 スサノヲは生まれた子の性別で清明心の証になるとしているが、古事記と日本書紀本文では男女のいずれかなのか逆転している。筋立てが違うと考えることもでき、そこに性の尊卑を論うことも可能ではあるが、実態としてはただ単にこのウケヒ話がいい加減なものであったと見たほうが辻褄が合うことが多い。記の話では肝心の前言を欠いている。しかも、子の性別の判断に子の成った物実(物根)を持ち出している。交換する以前の旧所有者に従って帰属させるというのでは交換の意味はなくなる。記ではその不可解な判別をスサノヲはさらに根拠なく解して、女子が自分の帰属なのだからウケヒの勝負は自分の勝ちであると言い張っている。判断基準があやしいままに話が進んでいっている。
 紀本文では、「如吾所生、是女者、則可以三為有二濁心一。若是男者、則可以三為有二清心一。」と前言されているにはいる。とはいえ、それもウケヒの判定に誤審を引き起こす要素をはらんでいる。「共誓」(紀)(「各宇気比」(記))している。これではどちらが生んだ子のことを指して言ったものか客観的な限定ができない(注7)。複数の扉のあるエレベーターで「こちら側のドアが開きます」と頭上からアナウンスされても、こちらとはどちらなのかわからないのと状況が似ている。対立関係にあるアマテラスとスサノヲが一緒にウケヒをする(注8)ことは、ウケヒの結果を紛らすために説話の作者が編み出した方便なのだろう。
 スサノヲが強弁する際のさらなる方便の方法に、「物実」と「勝ちさび」がある。ウケヒと称しつつウケヒの前言規定主義を覆し、判断材料を後付けしてウケヒの根本を捻じ曲げている。スサノヲとアマテラスのウケヒ合戦は、噓泣きに泣くスサノヲの悪質な人間(?)性を物語りたくて記に配されている(注9)。あえて定式を崩したウケヒの話をすることで、スサノヲの悪辣性は際立つことになっているのである(注10)。
 このスサノヲとアマテラスのウケヒ話は、本来の意味でのウケヒについて周知、認定されたうえで語られている。A→A´、B→B´と前言宣誓しておいたうえで占う。口に出して言ってしまうことがウケヒの目に見える行為である。先に述べておき、どうなるか見てみて、本題の課題についても写像的に同様になるだろうと予測するのである。言葉と事柄とが相即であるから成り立つと考えられた。もちろん、将来の事がどうなるかはわからない。だから言葉にすることには慎重さが求められる。ウケヒにあっても、仮定的に二律背反する言葉を発するわけだから、一方は言=事となっても他方は言≠事となる言葉を口に出していることになる。正しくない事を言っているとは言い損なっているのと同じである。
 そのように言葉がうまく話せないことは、現代の口頭語でも「噛む」という。アナウンサーが流暢に話せずに言い直すことを「噛む」と表現している。「噛んで含めるように言う」という慣用表現もあるように、言葉を発する器官は口で、それを動かすことによって発音ができているから、食事をする時の言葉、「噛む」で話す様子を喩えている。人類は、その進化の過程で、おしゃべりする能力を得、むせるリスクを被った。
 そのことは、記紀とも当該ウケヒ話に明記されている。「佐賀美邇迦美而さがみにかみて」(記)、「𪗾然さがみに咀嚼而かみて」(紀本文)。サガミニカムとは噛みに噛むという意である。十拳剣とつかのつるぎ(十握剣)を三分割に打ち折るか、八尺勾璁やさかのまがたまの五百津いほつのみすまるの珠(八や坂さか瓊にの五百箇いほつの御統みすまる)を手に取って、水で濯いで、噛みに噛んでいる。鉄剣や勾玉を実際に口で噛むことが可能かといったナンセンスなことを問うてはならない。レトリックである。その意は記に明白である。剣の刃はを歯はで噛んでいる(注11)。言こと葉ばに代って事こと刃ば(事こと歯ば)が話を成している。ウケヒの要件とされる前言が先にあったと言い込めてしまっている。スサノヲはコトバ(事刃、事歯)が先にあるからウケヒだと騙っているのである。
 話をまともに聞いてはいけない。スサノヲの詐欺話にアマテラスはまんまと乗せられてウケヒに付き合わされている。スサノヲの心の潔白の証明に引きずり出され、挙げ句にウケヒが勝負ごとになっている。スサノヲの心が清明ならば、アマテラスの疑いは間違いであるという闘争へと巻き込まれてしまっている。子の帰属が何によるかなどわかるものではないが、恣意的に決めるにしても「振り滌ぎて、さがみにかみて」という行為よりも物実の旧所有者に重きを置いている。ウケヒは本来、行為である。やってみて試してみて将来を予測する。やらなくてもわかっている物実の旧所有者を問題にしても始まらない(注12)。聞いた人が何を言っているのかわからないことを話としている。つまり、古事記のスサノヲのウケヒの話は、合理的に理解できない点をもって話として成立している。詐欺師スサノヲのその場その場での言いくるめ話が続いているのである。

(注)
(注1)スサノヲによるウケヒが有名で、神代紀の本文、一書第一・第二・第三にも少しずつ異なる形で所伝を載せている。それをもっぱらウケヒ神話と呼んでいる。古事記には他に二箇所にウケヒの話が載る。大山おほやま津つ見神みのかみが二人の娘を奉った理由を述べるウケヒ、本牟智和ほむちわ気けの御子みこのための出雲参拝の効能試しのウケヒである。拙稿「ウケヒ考」参照。
(注2)ウケヒとは何かについては誤解した議論が行われている。例えば、内田1988.に、「黒雲が広がってきたら雨だ」、「夕焼けがあれば明日は晴れだ」という言い方よりも、「下駄が裏向きになれば雨だ」がウケヒに最も似ているとする。また、中川2009.に、「実際にウケヒを行った人々にとって、AであるかBであるか、どちらが真実かを知るには、やはり人知を越えた霊力というものを考慮に入れざるを得ないと思う。」(298頁)という。しかし、人の経験や知識を越えた何かとウケヒの論理とは交点を持たない。台風が来るか来ないかをウケヒで占ったりはしないのである。心が清明か、長生きするか、生まれた子の父親は誰か、逆賊を従わせたり征服事業はうまくいくか、遠くへ参拝して御利益はあるか、謀反は成功するかというように、ウケヒの対象はあくまで人事に限られる。言葉に基づいた占いなのだから、言葉のわかる人間にしか通用しない。ウケヒという占いが成立したのは、上代の言語活動において言葉と事柄とが相即の関係にあるものと捉えられ、そうなるように志向されていたからである。
(注3)現状では「言霊ことだま」という言葉の認識も誤っている。拙稿「上代語「言霊」と言霊信仰の真意について」参照。
(注4)山田2001.に、スサノヲのウケヒ神話で問題となるであろう点を八点指摘する。「(1)ウケヒの前提の言葉の有無(なぜ古事記にのみないのか)。(2)物実とその交換の意味。また、子が生まれたのは物実からか否か。(3)アマテラスとスサノヲは近親婚か否か。(4)子神の男女いずれを以て勝ちとするか(なぜ古事記だけ女神で勝ちなのか)。(5)子神を交換することの意味。および兄弟関係について。(6)スサノヲは本当に勝ったのか。あるいは、「勝ちさび」の意味について。(7)アマテラスの「詔のり別わき」「詔のり直なほし」とは何か。(8)六伝[記、神代紀第六段本文、同一書第一、同一書第二、同一書第三、神代紀第七段一書第三]のうち本来の伝承はどれか。」(181~182頁)とある。金井2022.は、別角度から、(1)アマテラスにはウケヒを行う必要はない、(2)子神が複数生まれる必要はない、(3)スサノヲは、紀ではマサカツアカツという名の男神を生んで潔白さを証明するのに、記では女神を子として潔白だと言えるのか、(4)記では紀と違い、結果判定のための条件設定がない、の四点を疑問視している。寺川2009.は、「各うけひ」の「各」について、スサノヲのトリックスター的な企みというよりもアマテラスに子を生みなさせるための設定とし、スサノヲはウケヒを終えるまでは悪意はもたないけれども行動が結果的に人民に災いをもたらす意味で無道な、統治者として不適格な存在としての悪神であるとしている。道徳的な意味で悪神としているわけではないとしているが、筆者は、スサノヲには良心が欠如し、道徳のスケールを持ち合わせていなかったところにこそその特徴が表れていると考えている。
 「詔り直し」が行われる意義について、屎のけがれを回避し、大嘗の儀礼を続けるためとする見方がある(新編全集本古事記)が、物事の本末を転倒させる捉え方である。古事記の話は話だから聞いている人にわかりやすいように時間の順序に従って進められる。「とがめずて告のらさく、「屎くその如きは、酔ゑひて吐き散ちらすとこそ、我あがなせの命みこと、如此為かくしつらめ。又、田のあを離はなち、溝を埋うむは、地ところをあたらしとこそ、我がなせの命、如此為つらめ」と、詔のり直なほせども、」(記)とある箇所、目的合理性に寄せて解するには及ばず、そのままにスサノヲの勝ったとする振る舞いに認識が靡き、そのとおりだと認めようと状況把握に努めているものと考えられる。スサノヲという人物像への寛容や温情から生まれたものではなく、スサノヲの仕掛けたウケヒのトリックに引っ掛かってアマテラスはいわば入信しているのである。「大嘗おほにへ聞し看す殿」に屎が散っていることをケガレとして許されず、酔っぱらって反吐をついたものと読み替えれば許されると想定することは難しい。また、当時のケガレ観とも相容れない。拙稿「上代における死のケガレについて」参照。
(注5)松田2015.は名義を質し、正まさ哉吾かあ勝勝速日天忍穂耳尊かつかちはやひあまのおしほみみのみこと」(神代紀第六段本文)は紀一書第三に、「則ち称ことあげして曰はく、「正まさ哉か吾われ勝かちぬ」とのたまふ。故、因りて名けて、勝速日天忍穂耳かちはやひあまのおしほみみの尊みことと曰まをす。」 とあるのはウケヒの結果を示しているが、古事記ではその名は所与のものとして現れており、スサノヲが女神を勝利の験と見たのは読み間違えであったとしている。そして、森1990.が指摘するように、スサノヲが「勝ちさびに」悪事を成しているところは、「勝ちさび」の「~さぶ」という語が「~らしく振る舞う」ことで、実は勝っていないのだと説いている。
 このように入り組んだ解釈を施さなくては筋が通らないのでは、無文字時代に話を生なまで聞いてそれだけで理解しただろう人々に通じるものではない。覚えられるものでも、伝え続けられるものにならない。
(注6)日本書紀の各書との大きな違いは前言のないことと、スサノヲの清明心の証拠に男子を生んだことをあげている点である。
(注7)神代紀第六段本文以外の諸伝でも、それぞれに後講釈のこじつけが可能な、含みをもった前言が行われている。「於是、日神共二素戔嗚尊一、相対而立誓曰、「若汝心明浄、不レ有二凌奪之意一者、汝所生児、必当男矣。」」(神代紀第六段一書第一)、「対曰、「請吾与レ姉、共立二誓約一。誓約之間、生レ女為二黒心一。生レ男為二赤心一。」」(同第二)、「日神与二素戔嗚尊一、隔二天安河一、而相対乃立誓約曰、「汝若不レ有二姧賊之心一者、汝所生子、必男矣。如生レ男者、予以為レ子、而令レ治二天原一也。」」(同第三)、「於是、素戔嗚尊、誓之曰、「吾若懐二不善一、而復上来者、吾今囓レ玉生児、必当為レ女矣。如此則可三以降二女於葦原中国一。如有二清心一者、必当生レ男矣、如此則可四以使三男御二天上一。且姉之所生、亦同二此誓一。」於是、日神先囓二十握剣一、云々。」(神代紀第七段一書第三)。いずれが生んだ児のことを前言していたのか定かでなく、対立する両者に一人の弁護人が立ってもぞもぞ言っているように聞こえる。
(注8)仲哀記や神功紀には香坂王かごさかのみこ(麛坂王)と忍熊王おしくまのみこが伴だってウケヒ狩をする箇所があるが、二王の立場は同じで、神功皇后や後の応神天皇と対していてのウケヒである。
(注9)新編全集本古事記に、「「うけひ」は、言立てのもとになされる言語呪術と認められる。しかし、前提となるはずの言立てがここには明示されない。女子(あるいは男子)を生むならば清く明き心を持つ、という言立てのもとに、清明を証明しようとしてなされたはずだが、「うけひ」そのものは関心の対象となっていないから、このような語り方となっている。なお、須佐之男命の問題なのに「各」といって天照大御神まで子を生むのは普通の「うけひ」とは異なる。」(58頁)、菅野2004.に、「『書紀』を検してみても、この天照大神と素戔嗚尊(=須佐之男命)との子生みの物語は、本来のウケヒとは関係のない語りであったのであろう。」(181頁)、「この物語はウケヒ神話の範疇から外すべきなのである。」(182頁)とある。
 本来のウケヒとは関係ない語りが行われているのなら、どうしてそのような語りが行われているのかを検討することが読解の出発点である。事は単純で、詐欺師のスサノヲがウケヒの中身を蔑ろにしたという、ただそれだけである。
 古事記は、稗田阿礼が誦み習わしていたものを太安万侶が文字に起こしたものである。無文字時代に語り継がれてきたということは、聞いただけで周囲の人が納得でき、次の人へ語り継ぐことが可能だったということである。話し手の独りよがりは許されず、聞き手が細部まで腑に落ちるものでなければならなかった。覚えることもさることながら、覚える気にさせることも大事な要素である。ここでウケヒを崩した形の話になっていて構わないのは、当時の人にとって話としておもしろいと思われたからである。
 前段では、スサノヲが命じられた海原の国を治めずに「八や拳須つかひげ心前こころさきに至るまで、啼きいさちき。」(記上)していた。それは、彼が嘘泣きをして歓心を買おうとしているものである。話を知っている当時の人たちはそういうこととして理解していた。平気で嘘をつくこと、嘘をついて罪悪感を感じないこと、良心の欠落した人がどういうものかについて理解を深めていたから話に得心が行っている。拙稿「スサノヲはなぜ泣くのか」参照。
 人々の周知の認識から、スサノヲが嘘つきであるという設定は容易に受け入れられ、理解され、記憶され、伝達されている。無文字時代の嘘つきは契約書のレベルに直結する。今日以上に社会を揺るがす非行である。社会存立の規範は、言語活動において言葉を事柄と一致させることにあった。言葉の側から言えば、言=事となるように絶えず志向し続けることである。その秩序の基盤を根本から覆してしまう代表例としてスサノヲは造形されている。価値観の違いではなく、道徳の欠如である。社会の規範が内面化されていない相手には何を言っても無駄である。よって、「神やらいにやらひき。」(記)という結果に至っている。
(注10)高等テクニックの洒落に着いていくことは難しいようである。何とか辻褄を合わせることでこのウケヒ神話を解読しようとする試みは諸氏に行われている。整合しないことから居直って、「『古事記』はウケヒを語るものではなく、天照大御神が降臨させるべき子を得たことを語るものなのである。」(新釈全訳日本書紀536頁)とする暴論まで飛び出している。スサノヲの特徴を表すために、本来のウケヒから逸脱したことを彼はやっていて、それを話に構成している。上代の人はウケヒがどのようなものかよく知っていたから、スサノヲのウケヒの話を聞くに及び、ああ、また、スサノヲの騙りが始まったぞとおもしろがったことだろう。
(注11)サガミニカミテの対象物としては、アマテラスはスサノヲの「佩ける十拳剣とつかのつるぎ」(記)、「十握剣とつかのつるぎ」(紀本文)、スサノヲはアマテラスの「左の御みみづらに纏まける八尺勾璁やさかのまがたまの五百津いほつのみすまるの珠」(記)、「右の御みづらに纏ける珠」(記)、「右の御手みてに纏ける珠」(記)、「左の御手に纏ける珠」(記)、「右の御手に纏ける珠」(記)、「左の御手に纏ける珠」(記)、「髻鬘みいなだき及び腕たぶさに纏まかせる八や坂さか瓊にの五百箇いほつの御統みすまる」(紀本文)と若干異なっている。他にサガミニカミテの叙述はなく、神代紀第六段一書第一では「食をして生なす児こ」、同第二では「囓くひ断ちて」、同第三では「食をして化生あれます児みこ」と変奏している。同第三に、日神ひのかみは十握剣を「食して」いるが、素戔嗚尊は五百箇の統みすまるの瓊たまを「含ふふみて」といったまろやかな表現になっている。紀では前言があるから、ウケヒの記述にサガミニカミテという表現は必須ではない。紀の本文が記に近いのは、どのようにウケヒの条件要素を入れるかにおいて、折衷、混淆があって、前言を完全に省略するという先鋭的な記の作例の詞章表現を援用したということだろう。
(注12)生んだ子の性別をもとに正邪を判断する根拠もないのだが、紀の各書ではスサノヲの生んだ子を男とし、そこに正当さを見ている。その考え方の根拠は不明とせざるを得ない。

(引用文献)
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飯田2022. 飯田勇「古事記のウケヒ神話─神話の言葉としてのウケヒ─」『日本文学』第71巻第6号、2022年6月。
内田1988. 内田賢徳「ウケヒの論理とその周辺─語彙論的考察─」『萬葉』第128号、昭和63年2月。萬葉学会ホームページ https://manyoug.jp/memoir/1988
折口1996. 折口信夫全集刊行会編『折口信夫全集11』中央公論社、1996年。(『折口信夫全集 第六巻』昭和41年。初出は大正8年。)
角川古語大辞典 中村幸彦・岡見正雄・阪倉篤義編『角川古語大辞典 第一巻』角川書店、昭和57年。
金井2022. 金井清一「天の安の河のウケヒの意義─スサノヲの清明とアマテラスの子生み─」・「天の安の河のウケヒ 再論─文学の生まれるところ─」『古事記編纂の論』花鳥社、2022年。
岸根2014. 岸根敏幸「古事記神話と日本書紀神話の比較研究─特にスサノヲのウケヒと天の石屋篭もりをめぐって─」『福岡大学人文論叢』第46巻第2号(通号第181号)、平成26年9月。福岡大学機関リポジトリ https://fukuoka-u.repo.nii.ac.jp/records/1207
神野志1988. 神野志隆光「瑞珠盟約/宝鏡開始」『国文学 解釈と教材の研究』第33巻第8号、学燈社、1988年7月。
新釈全訳日本書紀 神野志隆光・金沢英之・福田武史・三上喜孝訳・校注『新釈全訳日本書紀 上巻』講談社、2021年。
新編全集本古事記 山口佳紀・神野志隆光校注・訳『古事記』小学館、1997年。
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谷口1995. 谷口雅博「古事記「天の石屋戸神話」における「詔直」の意義」『古事記年報』第37号、1995年1月。
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毛利1992. 毛利正守「アマテラスとスサノヲの誓約」吉井巌編『記紀萬葉論叢』塙書房、平成4年。
森1990. 森昌文「追放されるスサノヲ像─〈清明心〉からの乖離─」『国文学研究』第100号、早稲田大学国文学会、平成2年3月。
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加藤良平 2026.11.5改稿初出

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