神武紀の「韴霊(ふつのみたま)」について

 記紀には命名された刀剣類が見られる。「天沼矛あめのぬほこ」(記上)、「あま之瓊のぬほこ」(神代紀第四段本文)、「くさ那芸之大刀なぎのたち」(記上)、「藂雲むらくも」(景行紀四十年是歳)、「十掬とつかのつるぎ」(記上)、「十握とつかのつるぎ」(神代紀第五段一書第六)などである。それとは別に、ある特徴を持ったものとして、「韴霊」(神武紀)、「布都御魂」(神武記)という刀があげられている。このフツノミタマという名称について、フツヌシとの関係で述べられることはあっても、どうしてフツと言うのかについて、突っ込んだ議論は行われていない(注1)。本稿では、「韴」という用字にかかる古代人の思いのめぐらせ方を中心に、その難題に立ち向かう。

 時に武甕雷神たけみかづちのかみすなは高倉たかくらじかたりて曰はく、「つるぎ、号けて韴霊ふつのみたまと曰ふ。〈韴霊、此には赴屠能瀰哆磨ふつのみたまと云ふ。〉今し汝がくらうちに置かむ。取りて天孫あめみまたてまつれ」といふ。(神武前紀戊午年六月)
 かれあまかみ御子みこ、其の横刀たち所由ゆゑを問ひしに、高倉たかくらが答へて曰ひしく、「おのいめに云はく、天照大神あまてらすおほみかみ高木神たかぎのかみの二柱の神のみことを以て、建御雷神たけみかづちのかみを召してのりたまはく、『葦原中国あしはらのなかつくには、いたくさやぎてありなり。御子みこたち、平らかならずいますらし。其の葦原中国は、もはなむちことけたる国ぞ。故、汝建御雷神、くだるべし』とのりたまふ。しかくして、答へてまをさく、『やつかれは降らずとも、専ら其の国を平らげし横刀たち有り。是のたちを降すべし。〈此の刀の名は、佐士布さじふ都神つのかみと云ふ。亦の名はみか都神つのかみと云ふ。亦の名はつのたまと云ふ。此の刀は、石上神宮いそのかみのかみのみやいますぞ。〉此の刀を降さむかたちは、高倉下が倉のいただき穿うかちて、其よりおとし入れむ』とまをす。『故、あさめよく、汝、取り持ちて、天つ神の御子に献れ』といふ。故、夢のをしへの如く、あしたに己が倉を見れば、まことに横刀有り。故、是の横刀を以て献る」といひき。(神武記)
 遂に所帯はかせる十握剣とつかのつるぎを抜きて、軻遇突智かぐつちりてきだす。これおのもおのも神と化成る。また剣の刃よりしただる血、これ天安河辺あまのやすのかはら所在五百箇いほつ磐石いはむらと為る。即ち此津主神つぬしのかみおやなり。復剣のつみはより垂る血、激越そそきて神と為る。号けて甕速日神みかはやひのかみと曰す。次に熯速日神ひのはやひのかみの甕速日神は、是武甕槌神たけみかづちのかみおやなり。(神代紀第五段一書第六)
 是の後に、高皇産霊尊たかみむすひのみこと、更にもろもろのかみたちつどへて、まさ葦原中国あしはらのなかつくにつかはすべきひとを選ぶ。みな曰さく、「磐裂いはさく〈磐裂、此には以簸娑窶いはさくと云ふ。〉根裂神ねさくのかみみこ磐筒男いはつつのを磐筒女いはつつのめが生める子経津ふつ〈経津、此には賦都ふつと云ふ。〉主神ぬしのかみ、是けむ」とまをす。時に、天石窟あまのいはやに住む神、稜威雄走神いつのをはしりのかみの子甕速日神みかのはやひのかみ、甕速日神の子熯速日神ひのはやひのかみ、熯速日神の子武甕槌神たけみかづちのかみす。。此の神進みて曰さく、「あにただ経津主神のみ大夫ますらをにして、やつかれは大夫にあらずや」とまをす。其のことばいきざし慷慨はげし。故、以て即ち、経津主神にへて、葦原中国をけしむ。(神代紀第九段本文)
 是に、伊耶いざ那岐命なきのみこと御佩みはかせる十拳剣とつかのつるぎを抜きて、其の子具土神ぐつちのかみの頸を斬りき。爾くして、其の御刀みはかしさきける血、湯津ゆつ石村いはむらに走りきて、成れる神の名は、石拆神いはさくのかみ、次に根拆神ねさくのかみ、次に石筒いはつつ男神をのかみ。〈三神みはしらのかみ。〉次に御刀みはかしもとに著ける血も亦、湯津石村に走り就きて、成れる神の名は、甕速日神みかはやひのかみ。次に速日神はやひのかみ。次に建御雷たけみかづち男神をのかみ。亦の名はたけ都神つのかみ。亦の名はとよ都神つのかみ。〈三神。〉。次に御刀のかみに集まれる血、手俣たなまたよりき出でて、成れる神の名は、くら淤加おか美神みのかみ。次にくら御津みつ羽神はのかみ。(記上)

 現代の解説書を見ると、大系本日本書紀に、「フツヌシは、フツノミタマと関係があろう。……韴は、広韻に、雑と同音、徂合切、dzap の音、断声とある。従って、物を断つ際の、擬態語、ブツ、プツを表わした文字。それゆえ、フツヌシ・フツノミタマのフツは、そういう、物を断つ際の擬態語によって与えられた名とも考えられる。」(370頁)、新編全集本日本書紀に、「魔物を断ち切る霊剣の名。古本『玉篇』に「韴、断声也」。訓注のフツノミタマと対応させると、フツが断声(ふっつりと断ち切る擬声語)。」(203頁)、新釈全訳日本書紀に、「切断することの霊威を表す名。」(305頁)となっている。本居宣長・古事記伝では、「物のノコリなく清くハナるゝサマを、布都フツと云り、」(注2)と擬態語ととっている。擬声語と擬態語はこの場合、意味が大いに異なる。この「韴」部分は、諸本に異同がある。

(音偏にサウ、フォントに有り)霊此云赴屠能瀰多磨(熱田本、兼右本、北野本)
(音偏に巿フツとは別字)霊此云布屠能弥多摩(三島本)
(音偏に巿フツの右肩に点)灵此云赴屠能瀰多磨(穂久邇文庫本、玉屋本)

 あまり見かけない字を駆使してフツノミタマのフツを表そうとしている。写本間の異同は書き写す際に間違えたために生じたものではなく、当初の撰上時に日本書紀の筆録者たちが、それぞれ思い思いに書き記して複数本仕上げた名残りを伝えているものと考えられる。中古や中世に作られ現在に残っている日本書紀の写本は、書かれている文字や内容について検討し、誤字を整頓して写していっているのではなく、理解しないままに書き写しているケースが確かめられている。といった微細な違いを書き分けからは、初めの人がそのように書いていたからそれを受け継いでいるとしか考えられない。古本玉篇にある「韴 才巿反、字書断声也。」という説明は、三字のうちの一字の、それも手掛かりを示しているにすぎない。
 三字とも音偏である。現代の研究では、剣にまつわって音で表しているから切れ味の音を擬音化しているとする説が優勢のようである。岩波古語辞典に「ふつ ものを切断する音。」(1163頁)とある(注3)が、疑ってかかる必要がある。「韴」字は漢語に断声であるとするが、音はサフである。漢土ではサッと切れる音を表しているか、あるいは音声が途切れて静かになっていることを表している擬態語である。字の構成からすると、音が「帀」(注4)、つまり、めぐること、行って帰って来ることである。やまびこのように小さな音となり、さらに反響を続けて無限に小さくなっていくことを表すと見るのが妥当だろう。「断声」は「断つ声」ではなく「断ゆる声」である。音の途絶えた状態をサフと言っているらしい。静かにしておいて欲しい時、ソーっとしておいて欲しいと言う。それをヤマトコトバに「ふつ」と言っていると考えられる(注5)。プッツリと消息が途絶えた、などと使っている。
 漢土にサフという音をヤマトに訓みとして「ふつ」としている。少しく微妙な用字である。そして、「才巿反」の「巿」字は、「市(シ、いち)」とは別字の「巿(フツ)」字である。「巿(フツ)」声を生かせば済む話だから、音偏に巿と書いて造字したくなった人が本邦にいたようである。ここでという字が作られている。さらに右肩に点をつけた字は、異体字、俗字の部類かも知れない。「魁帥ひとごのかみ」(神武前紀戊午年八月)は別に「魁」(北野本、国立国会図書館デジタルコレクションhttp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1142332/11)とあって、「帥」の俗字とされている。すると、音偏に巿の右肩に点のある字()は、音偏に巾と書く字()の意であると演繹される。それぞれ深い考えがあって造字されたものだろう。
 翻って、「ふつ」という言葉(音声)で表そうとした義が刃物と関係して音が途絶えているとするなら、すでに切れてしまっていることを示すためであったと理解される。四段活用の他動詞「切る」の已然形「切れ」、ないし、下二段活用の自動詞「切る」から起こった名詞「切れ」のことである。巿(フツ)はひざかけのこと、巾は布切れのことである。切れのことだからというので作った国字と考えられる。説文に、「巿 韠也。上古、衣は前を蔽ふのみ。巿は以て之れを象る。天子は朱巿、諸侯は赤巿、大夫は葱衡、巾に从ふ。連帯の形を象る。凡そ巿の属は皆巿〈分勿切〉に从ふ。韍 篆文の巿は韋に从ひ、犮〈臣鉉等曰く、今俗に紱に作るは是に非ず〉に从ふ。」とある。また、巿字は𣎵(注6)に同じく草木の盛んなさまを表す。騒がしい意で、「葦原中国は、いたくさやぎてありなり。」(神武記)、「豊葦原千秋長五百秋水穂国とよあしはらのちあきのながいほあきのみづほのくには、いたくさやぎて有りなり。」(記上)状態を討伐するのに、騒がしい巿をもって対処しようとしている。目には目を、歯には歯を的発想の表れである。
 すでに切れてしまったものという意では切断が完了している。すべて、すっかりを表す副詞に、「ふつに」、「ふつくに」といった語群がある。

 是の時に、海上わたつみのうへたちまちに人の声有り。乃ち驚きて求むるに、ふつ所見あるかたち無し。(神代紀第八段一書第六)
 吾田あたひめを殺し、ふつくに其の軍卒いくさびとりつ。(崇神紀十年九月)
 頓首をがみて罪をうべなひて、ふつくに其のところを献る。(景行紀五十六年八月)
 ふつく調つきを捧げて、また種々くさぐさ楽器うたまひのうつはものそなへて、なによりみやこまうでいたるまでに、或いは哭きいさち、或いはひ歌ひ、遂に殯宮もがりのみや参会まゐつどふ。(允恭紀四十二年正月)
 朝廷みかどのうちふつくあやしがる。(敏達紀元年五月)
 故、今はかりことひとをして、朝列みかどに仕へ奉るおみむらじ・二つのみやつこより、〈二つの造は、国造くにのみやつこ伴造とものみやつこなり。〉しも百姓おほみたからいたるまでに、ふつくに皆饒富にへさにして、ともしみ無からしむべし。(敏達紀十二年是歳(「乏」字、前田本傍訓にタラヌとあるが、「饒富」と前にあれば実際に不足はなく、あり得るのは不足感だけである。「所乏」をミ語法で訓んだ))
 いくさこぞりてふつく皁衣くろきぬて、広瀬の勾原まがりのはら馳猟かりするまねしてあかれぬ。(崇峻前紀用明二年七月)
 是れ乃ち近くさぶらもろもろひめおほきみ及びうねたちふつくに知れり。(舒明前紀)
 片思かたおもひを 馬にふつまに おほせ持て こしらば 人かたはむかも(万4081)

 白川1995.は、「ふつに〔都(都)・尽(盡)〕 「ふつ」はすべて。下に打消しを伴うときは、「〓(入冠に王、全の旧字体)く~ない」の意となる。「ふつくに」「ふつまに」の形もあり、みな「ふつ」を語根とする。「ことごとく」と同義。「ことごと」が和文系に用いられるのに対して、「ふつに」などは訓読語に多く用いられる。刃でものを切ることを「ふつに」と形容し、〔神武前紀〕に「韴霊ふつのみたま」という剣名がある。……剣でたち切る擬声語であるとみられ、「ふつに」はそれと同系の語であろう。」(662頁)とする。「ことごとく」とが、一つ一つ、一人一人に発して、すべて、全くの意に展開しているのと同様であるとするなら、「ふつ」という語を剣でたち切る音とするのは無理である。たち切られて音がしなくなった状態を、すべて、の意に捉えていると考えるべきだろう。打消しを伴う例が多いのも、この事情によると考えられる。
 フツノミタマの別名として、佐士布さじふ都神つのかみみか都神つのかみともいうとある。今日までのところ、佐士布都神のサジの意は未詳、甕布都神のミカはミ(御)+イカ(厳)の約であるとされている。サジという語は、匙の意かと思われる。日本国語大辞典第二版に、「日本の「サジ」は、……茶の湯の普及以前から存在しており、「カヒ(匙)」に対して俗語的に常用されていた「サジ」が、ふさわしい漢字表記を獲得したのが、「茶匙」であるという可能性もある。」(27頁)とある。サジとカヒとが同様のものであるとすると、古辞書の説明は興味深いものとなる。

 杓 市苦反、入、杯也、又疋約疋消二反、斗柄也、北斗星斗柄也、加比かひ、又保不利ほふり(新撰字鏡)
 匙 説文に云はく、匕〈早履反、賀比かひ〉は飯を取る所以なりといふ。兼名苑に云はく、匕、一名は匙〈是支反、疵と同じ、又、音は提、唐韻に見ゆ〉といふ。(和名抄)

 匕は借訓仮名とされるが、カヒとサジとが同義なら、サジフツという名称は刃物としてふさわしいものである。柄杓形の北斗七星のことをホフリと呼んでいるが、動詞のホフル(屠)は鳥獣の体を切り裂くことだからやはり刃物のことと知れる。そして、杓子は、瓢箪の類を縦割りにして柄をつけたもので、ヒサコ(ヒサゴ)(ヒ・ゴ・コの甲乙不明)と呼んでいた。どうしてヒサゴと呼んでわかるかといえば、その凹んだ形がひざ(ヒは甲類)の骨の形にそっくりだからである。お皿と通称している。かくして、サジフツは膝掛けの意の「巿(フツ)」を彷彿とさせるためにフツフツとダブらせた言い回しであると言えるのである。
 このような語形成の意図があったなら、みか都神つのかみも、武甕槌神たけみかづちのかみ(神代紀下)、建御雷神たけみかづちのかみ(記上)とのつながりからのみ判断されるべき言葉ではないのかもしれない。みかは水や酒を入れて置く大きなかめのことである。口が狭くて腹の太った大きな容器を指す。その形は瓢箪に似ている。完形のまま中身を腐らせて乾燥させ、容器として用いていた。そんな丸いままのものも、ヒサコ(ヒサゴ)、また、ヒサ(瓢)と呼んでいた。完全なるヒサであり、完全に、の意は、「ふつに(都、悉)」、「ふつと(都・悉)」のフツである。
 名義抄に、「(https://glyphwiki.org/wiki/n-gtwinppx_kanjishashin-009-111)(https://glyphwiki.org/wiki/zihai-001702))[永の異体字二字] 上通下正、于憬反、ナカシ、ナカウス、ツネニ、ヒタフル、フツニ、和ヤウ」とある。このフツニは時間的な意味合いを語義に加えたものだろう。永久に、の意であるから、ヒサシ(久)と同じである。永久貯蔵を目的としたのがみかであった。そして、フツツカ(不束)が太束、フツマニが太馬に、の転であるかと考えられるように、腹の太いさまはフツと形容し得るのである。つまり、ミカフツは、ヒサ(永)なるヒサ(瓢)、ことごとくすっかりすべてのことだから、完璧なるフツ(都・悉)のことを言っていると言える。たち切る際に一時的に起こる音声ではなく、切り終わって静寂が広がっている状態を表す擬態語である証左である。
 以上、神武記のフツノミタマのフツについて検証した。

(注)
(注1)いくつか例をあげる。津田1963.に、「フツヌシの神といふ名は、古事記には何処にも見えず、……神武の巻にあるオホナムチの命の国ゆづりの話を聯想させる夢物語にも、タケミカツチの神ばかりが現はれてゐるのであつて、それは書紀でも同様であるから、これも後人の増補したものに違ひない。さうしてそれは、記紀の神武の巻にある如く、刀をフツノミタマ又はフツの神といふところから、古事記のカグツチの神の斬られる段に見えるやうに、先づタケミカツチの神の別名として、タケフツの神もしくはトヨフツの神といふ名が作られ、其の次に同じ段の書紀の注の「一書」に出てゐるやうに、独立の神となつてフツヌシの神となり、それがまた物語に現はれて、タケミカツチの神と協同してはたらくやうになつたのであらう。(書紀の此の段に見える此の神の系譜と注の「一書」に見えるそれとは、何れも刀もしくは血に縁がありながら、少しく一致しない点があるが、かういふことはさま ゛/に作り得られるので、タケミカツチの神の血統関係も、また書紀のこゝの記載と古事記及び注の「一書」の説とは違つてゐる。)」(508頁、漢字の旧字体は改めた)とある。倉野1974.に、「フツを名に持つものは刀劔の神格化であるが、建御雷之男神が雷神であると同時に劔神であるとすれば、雷と劔との関係はどういふことになるであらうか。それは天つ日→雷→火→劔といふ関係になるのであつて、雷の運んだ火によつて劔が作られるところから雷と劔が密接に関係づけられてゐるのである。さうして劔光の閃めきは稲妻を聯想させるのである。」(225頁)とある。いずれもどうしてフツというのか、肝心のところに触れられていない。
 三品1971.に、「フツノ神鏡は、大神の「専ら我が御霊なり」とことよさし給えるがごとく、天神のみたまが降り憑ります霊形であり、一面光を表象した神器であって、この意味において、「真フツノ鏡」は「フツノミタマ」の霊剣と同一の本質を持つものであり、 この共通する本質から、共通する名称「フツ」の意味が解釈さるべきである。ここにおいて、フツは「光の降臨」という宗教的観念と不可分な関係にある言葉であらねばならないという確かな予測を持つことができる。そうして……朝鮮方面よりの金属文化──特に刀剣と鑑鏡をもってその代表とする──の輸入と、「フツノミタマ」の別名蛇韓鋤・・・・を顧慮するとき、「フツ」「フル」の同系語として、韓語の불 pur(火)・붉 purk(赤・赫)밝 park(明)──借字として古く発・伐・弗などが用いられている──を想起せざるを得ない。」(269頁)(補注1)とある。しかし、朝鮮語由来説に白川1995.は否定的である。
 中村2000.に、「古代の剣(刀)には、武器もしくは武器的機能のほかに、儀礼的機能・咒術的機能・宗教的機能があると言えそうである。……「つかつるぎを「後手しりへで」に振りつ振りつして逃げてきた。武器ならば相手を前面に置くべく、「後手」はありえない。したがってこれは咒術的機能として捉えられる。」(156~157頁)とある。しかし、例えば熊を相手に逃げる時には、熊の方を顧みる余裕もなく刃物を後ろ手に振り回しながら一目散に駆けて行くものである。そして、物がさまざまな機能を有するとしても、当初の目的とされる機能が忘れ去られることはない。
(注2)本居宣長・古事記伝に、「○ツノタマ、書紀に韴霊と書て、此赴屠能瀰哆磨フツノミタマとあり、韴字、広韻玉篇などに、タユルコヱと注せる意を以て、用ひられたるなるべし、今の世の言にも、物のノコリなく清くハナるゝサマを、布都フツと云り、【プッ都理ツリなど云り、狭衣にふつと見はなつともあり、】然れば此剣のトクして、物を清く断離キリハナつ意を以タタへつる御名なるべし、【上巻に見えたる建布都神豊布都神、又ココの佐士布都甕布都、又書紀の経津フツヌシ神などの布都、みな一つなり、】神名式、備前国赤坂イソノカミ布都ミタマ神社、……阿波国阿波郡建布都神社、壱岐嶋石田物部モノノベ布都神社などいふも見ゆ、」(国立国会図書館デジタルコレクションhttps://dl.ndl.go.jp/pid/1920805/1/484~485、漢字の旧字体は改めた)とある。
(注3)時代別国語大辞典に、「ふつに[臨](副)ぶっつりと。ずばりと。刀剣類で物を切る音を表わす。フツは擬声語。「建借間命令騎士ヲシテ_ヲキ、自後襲撃、尽種属、一時焚滅、此時痛スト言、今謂伊多久イタク之郷ふつにキレ言、今謂布都奈フツナ之村」(常陸風土記行方郡)【考】地名「布都奈」から「臨斬」の訓み方をフツニキルと推定でき、フツニという副詞が抽出される。「臨」の字 (版本「段」に作る)は、通常上から下への動きを表わすが、「伐」の意もあるので、激しく剣を振り下ろすことの表記に用いたものであろう。ことごとくの意の次項フツニもこれから転じたものかと思われる。武甕雷神の異名がフツを含み(記神代に「建御雷之男神、亦名建布都フツ神、亦名豊布都フツ神」)、刀剣の名がフツを持つ(神武前紀に「予剣号曰韴霊フツノミタマ赴屠能瀰哆磨フツノミタマ」)のは、よく物を切断し、その勢いが鋭いことによるものであろう。」(637頁)とある。副詞フツニを擬声語由来とすることに無理がある点は、本文に述べている。
(注4)説文に、「帀 周也。反之に从ひ帀なり。凡そ帀の属、皆帀に从ふ。周盛説。」とある。
(注5)(注3)の時代別国語大辞典上代編にあげられている用例、常陸風土記行方郡の「ふつに斬ると言へるは、今、布都奈ふつなの村と謂ひ、」の部分、大系本風土記に「「臨」は上より下へ向ってする意で(万葉集の臨照オシテルの臨に同じ)、剣をふりおろす故に斬の形容としてフツニキルの語にあてたもの。」(61頁)、新編全集本風土記に、「刀剣で斬りおろす時の擬態語か。ぷっつりと。ばっさりと。「臨」は、伐つ意。」(385頁)とある。擬声語ではなく擬態語とする説は正しいと考える。日葡辞書に、「Futçuto.フツト(ふつと) 副詞.根もとからばっさりと切るさま,または,きっぱりと返答するさま.」(286頁)とある。みな擬態語説である。
(注6)説文に、「𣎵 草木の盛んなるは𣎵𣎵然なり。象形。八の声、読みて輩の若し。」とある。
(補注1)三品1971.には、「[朝鮮語の]フル・フツの原義が……「光るもの、赤きもの──神霊」「神霊の降臨すること」などを意味したとすれば、わが「フツノミタマ」「真フツ鏡」の名義も容易に理解するを得べく、すなわち前者は天神タケミカツチノ神の降臨する神体であり、後者は日の神の降臨を迎える霊形であって、ともにその光ることによって神威の発動が観想されており、この点においてこそ等しく共通にフツと呼ばれたのである。」(275~276頁)とある。
 人類には普遍的なものの考え方があるとし、フツという言葉を神霊のもとに帰することの前提にしているようである。朝鮮半島で仮に、ヤマトの人にフツと聞こえるような音の言葉が神霊の降臨とかかわりがあるとしても、ヤマトに降臨する神は朝鮮半島の神、「他神あたしかみ」ではないだろう。アマテラスはじめたくさんの神々はヤマト固有の神々である。
 「経津鏡ふつのかがみ」とは、「……中枝なかつえには八咫鏡やあたのかがみ〈一に云はく、真経津鏡〉を懸け、……」(神代紀第七段本文)と注されるものである。大きくてきれいに磨かれた鏡のことを言っている。鏡の本願は映すことにある。大きくないと全体が入らず、きれいに磨かれていなければぼやけたり歪んだりする。求められているのは映すことである。マフツノカガミと聞けば、マ(真)、つまり、まことに本当に、フツであるカガミ(鏡)の意であるとわかる。上述のフツノミタマにあったように、フツは静寂が広がっている状態を指す擬態語である。カガミ(鏡)という語は、人が水面に映る自分の顔を見るのにかがむことに由来していると直観させる。無風状態の湖沼池でなければ鏡のような水面にはならない。だから、鏡にフツという静寂を表す形容語が冠されている。

(引用文献)
岩波古語辞典 大野晋・佐竹昭広・前田金五郎編『岩波古語辞典 補訂版』岩波書店、1990年。
倉野1974. 倉野憲司『古事記全註釈 第二巻 上巻篇(上)』三省堂、昭和49年。
白川1995. 白川静『字訓 普及版』平凡社、1995年。
新釈全訳日本書紀 神野志隆光・金沢英之・福田武史・三上喜孝訳・校注『新釈全訳日本書紀 上巻』講談社、2021年。
新編全集本古事記 山口佳紀・神野志隆光校注・訳『新編日本古典文学全集1 古事記』小学館、1997年。
新編全集本風土記 植垣節也校注・訳『新編日本古典文学全集5 風土記』小学館、1997年。
新編全集本日本書紀 小島憲之・直木孝次郎・西宮一民・蔵中進・毛利正守 校注・訳『新編日本古典文学全集2 日本書紀①』小学館、1994年。
大系本日本書紀 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋校注『日本書紀(一)』岩波書店(ワイド版岩波文庫)、2003年。
大系本風土記 秋本吉郎校注『日本古典文学大系2 風土記』岩波書店、昭和33年。
津田1963. 津田左右吉『津田左右吉全集 第一巻 日本古典の研究 上』岩波書店、昭和38年。
中村2000. 中村啓信『古事記の本性』おうふう、平成12年。
日葡辞書  土井忠生・森田武・長南実編訳『邦訳日葡辞書』岩波書店、1980年。
日本国語大辞典第二版 『日本国語大辞典 第二版』第六巻、小学館、2001年。
三品1971. 三品彰英『三品彰英論文集 第二巻 建国神話の諸問題』平凡社、昭和46年。

加藤良平 2026.7.21改稿初出

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