この川に朝菜洗ふ子汝も我もよちをそ持てるいで子賜りに(万3440)

 万葉集巻十四に次のような歌がある。

 この川に あさあら なれあれも よちをそ持てる いで子たばりに〈あるに云ふ、ましあれも〉〔許乃河伯尓安佐菜安良布児奈礼毛安礼毛余知乎曽母弖流伊𫢏児多婆里尓〈一云麻之毛安礼母〉〕 (万3440)

 男が女に歌いかけていて、我々二人には子どもがいて同年代だから一緒にさせてはどうかと持ちかけている歌であると解されている(注1)。要領を得ない。
 「よち」という言葉の展開形として「よち子」があり、同じ年ごろの子、同年輩の子どものことをいう。

 …… 娘子をとめらが 娘子さびすと 唐玉からたまを もとに巻かし よち子らと〔余知古良等〕 たずさはりて 遊びけむ 時の盛りを とどみかね 過ぐしやりつれ ……(万804)
 しかれこそ 年のとせを 切り髪の よち子を過ぎ〔吾同子𠮧過 〕 たちばなの ほつを過ぎて この川の したにも長く が心待て(万3307)
 …… 年の八年を 切り髪の よち子を過ぎ〔与知子乎過〕 橘の 末枝をぐり この川の 下にも長く 汝が心待て (万3309)

 この「よち子」から、万葉集中で孤例である「よち」は同じ年ごろ、同年輩を表す言葉であるとされている。
 だが、ヨチコで似た年頃の子のことをいうとしたら、ヨチは似ているところのこと、同類であること、類似点のことをいう言葉なのではないか。

 みどり子の わくが身には たらちし 母にむだかえ 褨襁ひむつきの 平生はふこが身には 木綿ゆふ肩衣かたぎぬ 純裏ひつらに縫ひ 頸着うなつきの 童児わらはが身には 夾纈ゆひはたの 袖着そでつけごろも し我を  にほひ寄る 子らがよちには〔子等何四千庭〕 みなわた かぐろし髪を まくしもち ここにかき垂れ 取りつかね 上げてもきみ 解きみだり 童児わらはしみ ……(万3791)

 この例では、年齢階梯につれて変わっていくところを述べている。「わくが身には」、「平生はふこが身には]、「童児わらはが身には」、そして、「子らがよちには」である。多くの注釈書で、あなた方(「九箇女子ここのたりのをみな」)と同じ年ごろには、の意と解しているが、齢は誰でも等しく取っていくもので、たとえそれが神仙世界の女性たちで年を取ることはない設定であったとしても、説明する時に同じ年ごろと言っていては誤解を招きかねない。それまで「……が身には」と例示してきたのだから、「九箇女子ここのたりのをみな」と類似点を持つ身には、という意で述べられているとするのが妥当である。同類性を指す言葉だからこそ「竹取翁」なのに若い女性の特徴である黒髪の様子を表現することになっている。
 万3440番歌でも「よち」は類似点のことだと考えると次のような歌になる。
 ナレ(汝)もアレ(吾)も同じように持っているものはなーんだ? なぞなぞである。その類似点をさあ頂戴、と言っている。
 答えは簡単である。レという音である。ナレとアレではレという音が類似している(注2)。似ているレ、つまり、ニレを貰いたいということである。ニレはにれのことで、樹皮を搗いて粉にしたものをうまみ調味料として使っていた。朝採れの新鮮な菜は楡の粉末を入れて漬け込むとおいしくなるから、楡の粉を貰いに行こう(注3)、と言っている。

アキニレ

 楡皮 二月採白皮?曝干八月採実陰干也、尓礼にれ(新撰字鏡)
 楡 爾雅注に云はく、楡〈音は臾〉、白き者を名けて枌〈音は紛、夜邇礼やにれ〉と曰ふといふ。 (和名抄)
 葅 説文に云はく、葅〈側魚反、邇良岐にらき、楊氏漢語抄に云ふ楡末菜なり〉は菜の鮓なりといふ。(和名抄)
 末醤 楊氏漢語抄に高麗醤と云ふ。〈美蘇みそ、今案ふるに弁色立成の説同じ、但し本義は未だ詳かならず。俗に味醤の二字を用ゐる、味は宜しく末に作るべし。何となれば則ち通俗文に末楡莢醬有り、末は搗末の義なり。而して末は訛りて未と為り、未は転じて味と為る。又、志賀末醤、飛騨末醤有り。志賀は近江国郡の名、各、其の出づる所の国郡の名を以て名と為すなり〉(和名抄)
 楡皮 一名零楡、一名還楡、出七巻食経、和名也尓礼やにれ(本草和名)
 楡皮 和名尓礼にれ(医心方)
 楡皮一千枚〈別長一尺五寸、広四寸〉搗得粉二石〈枚別二合〉(延喜式・内膳司、「右楡皮年中雑御菜幷羹等料」)

 楡皮やにれは楡の樹皮のうち、表皮の下の白いコルク質を採って臼で舂いたもので、食用、薬用にした。にらきは料理名で、楡皮の粉を入れた漬物のこと、朝廷では皮として納められたものを適宜搗いて粉にして使っていた。歌に「いで賜りに」とあるのは(コは甲類)を(コは甲類)と戯れたものである。正倉院文書には楡、楡皮、末楡皮、末楡、舂楡とあり、万葉集では「もむにれ」という言葉が現れる。

 …… あしひきの この片山の もむにれを〔毛武尓礼乎〕 五百枝剥いほえはぎ垂れ あまるや 日のに干し さひづるや 唐臼からうすき 庭に立つ 手臼に舂き おしてるや 難波の小江をえの 初垂はつたりを からく垂れ来て 陶人すゑひとの 作れるかめを 今日けふ行き 明日取り持ち 吾が目らに 塩塗りたまひ きたひやすも 腊賞やすも(万3886)

 万3440番歌は大量の菜っ葉を洗っている現場で歌われている(注4)。「この・・川に」と近称で指示されている。菜っ葉と関係することが歌われていると決まっている。楡のかはかはと音が通じるところからの発想らしく、にらきという漬物の話をしているのだった。

(注)
(注1)仙覚抄に「ヨチヲソモテルトハ、ヨキホトヲモテルト云也」とあって隠語とする説も早くからあり、性器を貰い受けよう、名器どうし合わせよう、エッチをしようと誘っている歌であるともされている。
(注2)別伝のマシモアレモでは意が通らない。わざと通らない言い方を別伝に控えさせて本伝の謂わんとすることを際立たせている。
(注3)「いで子たばりに」の「たばる」は頂戴する意の謙譲動詞、動詞の連用形に付く「に」は格助詞で、下に「行かむ」といった語が略されている。文法的に他に解釈の余地がないことは黒田2019.に示されている。
(注4)多くの人に菜を洗うことがあり、その経験がなくても見て知っている。だから歌として歌って互いにわかり合うことができた。対して、楡の皮を舂くようなことはごく限られた人にしか共有されないから、楡は舂くことを歌の主題にして歌うことはなく、楡を貰い受けに行くという形でしか歌にされない。ここでなぞなぞの答えとなっているのもニレという名でしかなく、を問うているからを洗っていると提題していたわけである。誤謬の余地がないように細心の注意を払ってなぞなぞの歌が作られ、披露されている。声に出されて皆の前で歌われたもの、ないし、少なくともそれを前提とするものが万葉集の歌であった。

(引用・参考文献)
木下2010. 木下武司『万葉植物文化誌』八坂書房、2010年。
黒田2019. 黒田徹『万葉歌の解釈と言語』万葉書房、令和元年。
関根1969. 関根真隆『奈良朝食生活史の研究』吉川弘文館、昭和44年。

加藤良平 2026.7.26初出

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