次の歌は先の大戦において称揚された歌である。万葉集での意味は誤解されていた。
今日よりは 顧みなくて 大君の 醜の御楯と 出で立つ我は〔祁布与(注1)利波可敝里見奈久弖意富伎美乃之許乃美多弖等伊埿多都和例波〕(万4373)
右の一首は、火長今奉部与曽布〔右一首火長今奉部与曽布〕
「今日からは後ろを振り返ることもなく、大君のつたない御楯の末として出立するのだ。私は。」(多田2010.279頁)と訳されており、現状での大勢の見解に沿っている。
ここで「醜の御楯」の「醜」は、頑強、頑固、頑丈なことを示す言葉であったのが、頑迷であることをあざけりののしり、また、卑下してみにくいという意味にも展開していると考えられている(注2)。
多田氏は、「醜の御楯」について、「大君の楯として、その守護の任にあたる皇軍の兵士としてふさわしくないことの卑下。ただし、「醜」は頑強さも表す。もともと異界の属性で、その背後には異常な力が感じ取られている。単なる卑下ではない。」(279頁)と揺れる解説を施している。異郷・霊界と結びついた「もの」としての意識を持つ語であるとする説は並木氏に早い。しかし、こういった考え方は誤りで(注3)、「醜」は、あくまでも頑強、頑固、頑丈なことを示し、それが形容する言葉の意味において融通が利かず、馬鹿正直で、度が過ぎていることを表すために用いられた言葉と考える(注4)。
この箇所でも、「御楯」の度が過ぎていることを言っている。
すなわち、ミタテ(ミは甲類)は、ミ(見)+タテ(断・絶、タツの已然形)と同音である。昨日、見ることをすでに絶っている。十分にお別れをしてきた。だから、今日以降は後ろを振り返ることなく、ということになるのである。ミタテとしての条件を揃えて徴兵に参加しているのだから、今、私は何の問題もなく出立することができると自負を述べている。もちろん、防人としての自負、自覚を述べたかったのではなく、ジョークを言いたかったのである。別れは昨日のうちに終え、心残りはない。思いはすでに絶っていたから、天皇の楯となるべく、防人の旅路に起(発)てるのだ、といきまいている。ヤマトコトバの修辞がうまく作れたから歌としている。
それが証拠に歌の作者名が記されている。今奉部与曽布とある。ヨソフは正式な服装・道具などを整え、しつらえる意である。ぐずぐずするのが嫌いで、準備万端を旨としているのがヨソフと呼ばれていた人の性格であった。前の日に、別れの儀式は済ませて来ていたのだった。
(注)
(注1)「より」の原文「与利」の「与」は乙類で仮名違いである。
(注2)折口1995.や並木1970.参照。語義の派生の仕方については諸説ある。また、吉田2008.はアイヌ語語源説を唱えている。
(注3)山崎1986.の論述では、「「シコ」は原始的、または野生的生命力が充満し、それがあくなき行動性として実現するような「荒々しさ」「たくましさ」「強靭」さを表す故に、それは本来は「力」を讃美する表現であったろう。しかしながら「シコ」の持つ原始の「荒々しさ」や「激しさ」は、価値の置き方によっては唾棄すべきマイナス評価の対象になる。「シコ」が後世、罵倒のニュアンスを帯びて用いられるようになる要因はこのあたりにある。」(263頁)と結んでいる。
(注4)拙稿「舎人皇子と舎人娘子の歌の掛け合い─「ますらを」考─」、「 醜(しこ)の醜草(しこぐさ)─離絶数年を経て大伴大嬢に贈る歌─」参照。
手崎2005.に「醜の御楯」の解説史が詳述されている。
今日の通説は、契沖・万葉代匠記・精撰本に「醜ハ、謙下シテミツカラ身を罵詞ナリ。」(国会図書館デジタルコレクションhttps://dl.ndl.go.jp/pid/979065/1/288)から始まる。しかし、「醜の」が自ら身を罵る言葉ならば、「御楯」に直接掛かっているのだから、卑しい御楯とされなければならないはずである。ところが、もっぱら与曽布の身不肖であることを示すものと歪み解されており、戦時下において皇国民を表すものとして持てはやされていた。その後、「醜」について、立派な、勇猛な、いかつい、頑強の、の意に捉える傾向が現れてきて、「今日からは顧みすることもなく、大君の強い御楯として私は出立するのである。」(大系本428頁) という訳出も行われている。とはいえ、自卑説、修正説とも、大君の御楯になろうとして出立するのだ、と決意表明している点において変わりがない。
手崎氏は、防人歌98首(巻十四の5首と巻二十の84+8+1首)のなかで、兵士としての自覚を詠み込んだ歌は他に例がなく、当該歌一首だけ孤立的で異質的だとして疑問視している。氏自身は、仙覚の「頻の見立て」説により、大君による容赦ない防人に出立せよとのきびしい仰せに抗うすべがないことを歌ったものと解している。
(引用・参考文献)
折口1995. 折口信夫全集刊行会編『折口信夫全集6』中央公論社、1995年。
大系本 高木市之助・五味智英・大野晋校注・訳『日本古典文学大系 萬葉集四』岩波書店、昭和37年。
多田2010. 多田一臣『万葉集全解7』筑摩書房、2010年。
手崎2005. 手崎政男『「醜の御楯」考─万葉防人歌の考察─』笠間書院、2005年。
並木1970. 並木宏衛「「しこ」の系譜─醜の御楯─」『國學院雑誌』第71巻第7号、昭和45年7月。
山崎1976. 山崎良幸『万葉集の表現の研究』風間書房、昭和61年。
吉田2008. 吉田金彦『吉田金彦著作選3 悲しき歌木簡』明治書院、平成20年。
加藤良平 2025.8.3初出